2012年05月08日

京都井街邸訪問


先月は多賀谷先輩を訪問した。
今月は京都の副支部長井街邸への家庭訪問である。
そもそも、井街副支部長は毎年大阪府支部の支部総会に出席されていて面識ができ、昨年から私が支部長を務めだして、メールのやり取りもするようになった。
 支部総会に出席されたときに、「いや〜、京都はたまにサイクリングに行ったりしますよ〜。」「あら、じゃ一度うちにいらっしゃい。」な〜んて会話をしたり、メールでも同じようなやり取りをしていた。
 これを京都人特有の「社交辞令」というやつととらえるか、井街さんが関東人だということを考慮して、本気だととるかは微妙なところである。
 そして、大阪人の私は「本気」と解釈した。
 よし、一丁会いに行ってみよう!ということで、行ってみた。
 そもそも、今後「行政書士」(秋からは社会保険労務士兼任)で生業を立てていこうと思っている私にとって、人に会って人脈を増やすことは、仕事であり楽しいことだ!ととらえているので非常に前向きに誰にでも会いに行こうと心がけている今日この頃でもある。(とはいえ、本当のところ引きこもり気味な性格だったりもするのだが、、、。)

 5月5日(土曜日)こどもの日

 世間一般ではゴールデンウイークと言われている真っ只中、育児休業中の私は既にゴールデンイヤー化しているので、普通の日となんら変わらない感じの日である。
朝7時前に起きて、朝ご飯を食べて、今日は8時に出て行こうと思ったので7時半からBSで連ドラを見て8時過ぎに自宅を出発した。
 会社を休み始めてからの日課になったのは、朝7時に起きることと毎朝連ドラを見ることである。(前回のカーネーションといい、今回の梅ちゃん先生といい結構面白い!)最近は、テレビのチャンネルもほぼNHK固定になった。NHKが面白いと感じるのと同時に民法があまりにもつまらないのである。はたしてテレビは誰のために放送しているのだろう???
 家を出発して176号線を石橋方面に向かった。そこから、171号線をひたすらいつものように京都に向かっていくのである。
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 いつものレーパンと自転車用のジャージ(幹事紹介の写真参照)での出発で、若干寒く感じたが、走っているとすぐに暑くなった。アンダーを着てこなくてよかったと思った。
 井街邸にはできれば10時台につきたいと思っていた。というか、着くだろうと思っていた。井街邸は、京都市左京区東山。銀閣寺の近くである。が、私にとっては天下一品総本店の近くだ!という先入観でいっぱいである。
 普段なら、早ければ2時間弱で嵐山まで行けるので、東山でも3時間以内に行けるだろうと思っていた。
 自転車は順調に171号線を東に向けてアベレージ24km/hで進んでいた。
 気温もちょうどよく汗もかかずさわやかに走れるいい天気だった。
 大山崎で、171号線と新幹線が並走するところでなんとなく写真を撮ったりした。
 京都に入って、まだ10時過ぎだったが、とりあえずすき家で牛丼を食べた。ハンガーノック防止のためである。
 このペースだと11時丁度位に着くかな。と思いつつ走っていたが、京都市内に入ると急激にペースダウンした。
 道が混んでいるのと、観光客が多いことと、観光地に目が行くことと、たびたび地図で道を確認するからである。
 明らかにペースダウンして、五条通で梅小路の前を通り、西本願寺の近くを通り、右手に京都タワーを見ながら鴨川のところまで走って行った。
 梅小路のところでは、「ここに京都水族館ができたのか。」と思ったりした。西本願寺のそばでは、二年前会社の先輩と西本願寺伝導院の補修工事に来たことを懐かしく思ったりした。(あの時は、桜の季節で京都が一番きれいな季節で楽しかった気がする。)
 川端通りまで来た。ここを鴨川沿いに出町柳まで北上しようと左に曲がった。
 途中、祇園や河原町など京都らしい京都の風景が味わえる通りである。季節もよく自転車で走るには最高の季節で、きっと関東地方の人ならば京都が大好きになる風景だと思った。(私もこの風景だけなら「いいな〜。」と思うのだが、京都人は腹黒い!という先入観があるので、実は京都はあまり好きになれない土地柄だったりします。それに、夏は暖か。冬は涼しい。という気候も辛いのです。)
 そんな、いい気持ちも束の間、急激に腹が痛くなってきた気がした。う〜ん。と思っていたところで、丸太町の交差点に公衆トイレがあった。とりあえず行ってみた。
 すっきりして出てきて、地図を確認したらここから丸太町通りを東に行って突き当ったところが白川通りで、そこを北上すれば近そうだったので丸太町通りを東へ向かった。相変わらず、京都らしいいい風景だった。途中平安神宮もあったが気が付かなかった。京都は古い建物が多いのである。戦時中空襲に遭わなかったからであろう。だから、どことなくノスタルジックなのである。
 白川通りを北上し京都造形大学や天下一品総本店の前を通り、途中から曼殊院通りを通って、井街邸の近くまで行った。
 地図には、井街邸の近くに川があるようだった。この曼殊院通りというのもgoogle地図だと、それなりの通りに見えるのだが、結構細く、走っていると幅1mほどの溝を通り越したような気がして「これって、もしかして地図上の川?」と思ったりして、地図を見ながら左折してみた。地図を見ていたらキャッチボールをしている大人がいて、「どこ行くの?」と声を掛けられた。「ここ。」と地図を見せた。「う〜ん?」と言っているので、「井街さんていう家なんですけど。」と言ったら、「あ、それなら一本戻ったところを右に曲がって4件目くらいの家だから。」と言われた。名前を言っただけでわかるなんて相当豪邸??と思った。言われたとおり行ってみたらその通り井街邸があった。車が2代停めてあった。う〜ん、デカイ家だ。
 予定よりやや遅くなって11時20分位の到着だった。
 
 井街邸で呼び鈴を鳴らそうと思ったが見当たらなかった。
 「こんにちは〜!猿渡です〜。」と言ったら、待ってくれていたようで旦那さんと一緒にすぐに出てきてくれた。
 「こいつ、本当に大阪から自転車で来よったは。」という感じだったのだろう。(普通の感覚の持ち主なら、立派なアホに見えるはずである。だって、私も私を自転車に誘った会社の先輩が自転車で京都に行こうと言い出した時に、「アホやこいつ。京都は阪急か京阪で行くところやろ!」と思ったほどである。)
そして、早速家の中へ。
 玄関を入るとすぐにエアロバイクがあった。さすがアスリートである。
 井街さんはもともとオリンピックの陸上候補??だったのである。それにしても私にはあのエアロバイクが理解できないのである。何も家の中でまでペダル漕がんでもええやん。自転車は外で乗ろうよ。家の中やったら景色変わらんし、風にもあたらんから飽きへんかな〜?大体それ漕いでる時にハムスターみたいな気にもならへんか〜?と実の姉の家で姉に聞いたこともあったりもする。ま、わが姉の家ではエアロバイクのハンドルにはハンガーがかかっており、ちゃんとした物干しと化していたが、井街邸では物干し化はされていなかった。その辺がアスリートとなんちゃってアスリートとの違いでもある。
 奥に通された。
 リビングは天井が吹き抜けで、大きなテーブルとソファー。我が家に置くとみんなで端っこによって見ないと目が痛くなりそうなサイズのテレビに、暖炉があった。
 暖炉って、、、。暖炉????薪ストーブですよ!!こないだ王子動物園のハンター邸にあったやつの現代版でっせ。ひ〜。すごいな〜。これはもしかして平安貴族の家に大阪商人がやってきてしまった状態かもしれない気がしてしまった。「ああ、きっとこういう家では、クリスマスに暖炉の前でチーズフォンデュとかいう、今までテレビや本でしか見たこともないようなものを実写でやってみたり食べてみたりするんだろうな〜。」と思ったりもした。(かなりの脚色と先入観が入っている。)
 そんなことよりも、井街夫婦としばしお話をした。
 共通点は東洋大学の出身なのだが、東洋大学の話は微塵も出なかった。ま、この際どうでもいいのである。東洋大学の話が出なかったということはそれなりに話題があったのである。私にとっても京都府支部の佐藤支部長ネタは最終砦のネタと思っていたが、出すこともなかった。
 いろいろな話をしたが、どうやら旦那さんの勤め先が京都大学だったそうだ?「何者?すごい賢いんだけど。アメリカに留学している時とか北欧に行ってた時、、、。」という浮世離れした話題が出てくるのだが、、、、?と思いながら話をしていた。
 ただ、お二人とも話が面白かった。私には大したネタもないのだが、井街邸での話は偏差値が高く教養がある感じで楽しかった。(こういう時に、もし私に趣味も法律の知識も何もなかったら、ただ東洋大学を出ただけの薄っぺらい人間がもろバレになってしまうんだろうな。と思ったりする。それを、何とか趣味とかじった程度の法律知識で薄っぺらさを必死に隠そうとする悲しい人間だったりする。、、、かなり自虐的。)
 そう、忘れてはいけないのだが、井街さん手製のケーキが出てきた。前もって、「ぶぶ漬が出てきたらすぐ帰りますから、、、。」と言っておいたので、「ごめんね。ぶぶ漬じゃなくて。」という感じで出してくれた。う〜ん。うまい。というか、手製のケーキって我が家で我が母が作ったことは一度もないぞ!俺が作ったことはあるけど!と意味不明なことを思ったりもした。(我が家では、娘に夕方NHKのクッキングアイドルマインちゃんを見ている時に、「パパのことをクッキングアイドルなおんちゃんと言え!」と意味不明なことを言ったりしている。ところで、何故マインちゃんはあんなに可愛いんだろう?と思う今日この頃である。人はそれをロリコンと呼ぶ。)
 一時間ほど楽しく世間話をして帰ることにした。この調子だと何ぼでも喋ってられそうなのだが、程よく切り上げないと自転車で家にたどり着けなくなるかもしれないし、昼時なので本当にぶぶ漬が登場したら気まずいので帰ることにした。
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 帰る前に家の前で写真を撮った。家の裏にも案内してくれた。裏には比叡山が見えるというのだ。「あれ!」と指差された奴が比叡山とのことだった。「え〜な〜。あんな手ごろに有名山あって。比叡山って僧兵がいた延暦寺があるところやろ。もう、それって歴史舞台やん。坂道降りて行ったら牛若丸が欄干の上歩いとった橋もあるし。ちょっといったら昔の天皇の住処もあるし。すごいな〜。」と思ったりもした。ま、そんなことより、比叡山はきれいな山なので、アルピニストとして一度登りに行ってみたい気になった。なんちゃって、アルピニストで、なんちゃってダイバーで、なんちゃってローディなのである。
 帰り際に旦那さんに、「ちょっと乗ってみます?」と言って自転車に乗ってもらった。「おー、こんな感じね。」と言いながらちょっと走って、「サドル低くない?」と言われた。「ガ〜ン。だって俺脚短いもん。それに旦那さん背高いやん。180cm以上あるやん。俺170cmやもん。51サイズの自転車でやっとやもん。なんなら48サイズでもいい感じやし。」と心の中でリフレインだった。一部「僕脚短いから。と日本男児の潔さを装ってみたりしてみたけど、、。(私は実は首が異常に長いのである。これがもし脚にその分がいってくれていたらきっと格好良かったのだが、なぜか首が長いのである。きっと僕は首長族の中では相当イケメンの部類になると思うのだが、現代日本では首長族もろくろ首も需要がないのである。残念!生まれてくる場所と時代をミスってしまった。)
 そして、井街邸を後にした。今度は総会に来てくださいね!


 井街邸から北大路通りを下っていくと、神輿が出ていた。
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きっと井街さんが教えてくれていた八大神社の神輿だったのでしょう。井街さん情報では宮本武蔵ゆかりのところだそうだ。(ここは巌流島だったのか????)男神輿と女神輿の2台の神輿が交差点を乱舞していた。“ギャルみこし!”と言わんばかりの勢いだったが、私の目には担いでいる人たちは私よりもお姉さま方ばかりだったような気がした。

 交差点を占拠する神輿を少し見て、そのまま北大路通りを西に向かった。次なる目的地は嵐山である。
 途中気が向いたらどこかでラーメンでも食べようと思いつつ、天下一品とも思いつつ、ま、何でもいいから食べたいと思ったら食べようと思いいつつ走っていた。
 少し走っていくと金閣寺が出てきた。と言っても金閣寺は外から見られないのだが、、、。すごくたくさんの観光客がいた。ま、私もある意味その一人であったりする。そのあと立命館大学の前を通り、龍安寺の前を通り、仁和寺の前も通った。世界遺産をことごとく素通りである。でも、広沢池の横で写真だけ撮った。
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ここもれっきとした観光地のようだが、あまり人もいないし自転車を止めて写真を撮っても平気な感じだったのである。そして、まっすぐに行って大覚寺の前を通った。ここは知らない道だった。そのまま走っていくとどんどん田舎の方へ行く感じだった。何かが違うと思って地図を確認したらどうやら道を間違えているようであった。すぐに少し戻って嵐山へ向かった。
 嵐山はすごくたくさんの人がいた。
 渡月橋から人があふれんばかり大勢いて、保津川には水が見えないくらいボートが浮かんでいた。とりあえずは、渡月橋を渡っていつものお約束ポジションで写真を撮った。嵐山まで来たら自分の庭に戻ってきた感じである。
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 嵐山から少し下って9号線に出て亀岡方面へ向かう。
 京都市内から嵐山にかけて人が大勢いて、観光地もあるせいで自転車の時速はすこぶる落ちていた。嵐山についたころは既に1時半くらいでそろそろいい加減おなかもすいてきており、それと相まってケツと脚が異様に痛くなってきていた。俗にいう「脚が売り切れる。」というやつである。まだ、70kmしか走っていないのに「きたな〜。」という感じである。
 嵐山から9号線に出て、沓掛の山を登って亀岡に降りるのだが、どこでメシを補給するか迷った。途中、天下一品が出てきたのだが、どうしようか迷った挙句スルーした。しかし、結局沓掛の山を登って亀岡に降りてから出てきた天下一品に入ってしまった。よくぞここまでガス欠にならずに来たものだ。と思った。それにしても、結局天下一品かい!って感じの昼食になってしまった。ま、致し方なしである。京都市内だと自転車を置いて自転車乗りの格好で気軽に入る店は限られてしまうのである。
 天下一品でチャーハン定食を食べて、水をたらふく飲んでこれで復活だ!と思って、続きの道を走って行った。
 天下一品くらいでは私のケツの痛さと脚の痛さはまぎれていなかった。「ああ、俺ってだめかも。」と思いつつ、当初寄ろうかと思ったイエローハット亀岡店によらずにまっすぐに帰った。イエローハット亀岡店には我が家の向かいのお姉さん(といっても私より年上なので立派なおばさん。)が働いているので見に行こうかと思ったがすでにそんな元気もなく、時間も無くなりつつあった。(そいういえば1週間くらい前から亀岡は全国区の有名どころになってしまっている。非常に残念である。)
 亀岡の登り坂を前に、ローソンで一休みをしようか悩んだがスルーした。が、本格的な登り坂を前にやっぱり一服することにした。
 道の横に自転車を止めて、「だめだ!ドーピングしよう。」と2年前に鈴鹿6時間エンデューロに参加した時にもらった梅丹の「気合が入るエネルギー補給食・非常食」という怪しげなやつを食べた。
http://www.meitanhonpo.jp/cyclechageCaffeine.html
 こいつは、水で溶かして飲んでも、そのまま飲んでもいいと書いてあった。その時既にアクエリアスが300ccほどしか残っていなかったので、直接そのまま飲むという選択肢以外はなかった。とりあえずは、封を切ってみた。どろっとした茶色い液体が入っていた。「もう後戻りはできない。俺にはこれでドーピングするしかないんだ!」と思い吸い付いてみた。「まずzzzzzzzz〜〜〜っ!」梅丹だからってどうしても梅の味つけなあかんのか???との第一印象だった。まずいけど仕方がないので、残っていたアクエリアスと一緒に胃に流し込んだ。まずさにむせながら胃に流し込んだ。
 あ〜、まずかった。と思いドーピングのあとの一服をしつつ、井街邸を後にするときにお土産としていただいた、井街さんの旦那さんが書いたストレッチの本を見てみた。〜「図解コーチ スポーツシリーズ ストレッチング」井街悠著〜。「ストレッチね〜。してまっせ。中学の先生がストレッチきっちりやらす先生だったから、それ以降ストレッチは走る前にやってまっせー。と思いつつ背表紙を開けて著書紹介を見てみた。
“井街悠 1940年生まれ米国オレゴン大学大学院修士課終了 京都大学医学博士 ロス五輪ソウル五輪陸上競技コーチ、、、、。”
 はぁhhhhhhh−。やっぱむっちゃ賢かったんや。医者なん?陸上選手なん?コーチなん?とりあえず「すご〜〜。」という気がした。そりゃ話題性豊富で面白いし賢いわ。と思ったりした。
 感心してても家にたどり着けないので、痛いケツのまま自転車にまたがって亀岡の坂をえっちらほっちら自転車を漕いで登った。「あ〜、しんどいよ〜。天下一品も梅丹のドーピング剤も効いてこないよ〜。」と思いつつ重いペダルを廻した。
 関西カントリークラブを過ぎて、やっと坂道を登り切って下って行った。下っていく途中「乳の泉」で水の補給をしてまた一休みした。
 乳の泉の水に、今度は何でドーピングしようか迷ったが、とりあえずポカリスエットの粉末(1ℓ分)を750ccのボトルに濃いめに入れてドーピングすることとした。
 濃いポカリスエットを吸いながら「甘みゃ〜い。」と思いつつ休んでいて、そろそろ行くか。と思った時に、Giantを駆ったローディーが走ってきた。「お、Giantだ!」と思いつつ見送ったローディーの髪が風に揺れたロングだった。「@?@?女性ソロローディじゃん。追いかけなきゃ。」と本能的に感じて、急いで自転車にまたがって無意識に追っていた。きっとトラやライオンが獲物を追うときもこんな本能的な感じなのでしょう!(なんとなくお前はハイエナだ!と言われそうな気もしないではないが。)
 何故か今さっきまで完全にグロッキーだったのに急激に元気が出てきてすぐに女性ローディーに追いつきロックオンした。
 前の自転車に引っ付いて走ると楽なのである。話によると空気抵抗がないだけで30%も楽だそうだ。だからツールドフランスでもチームで一人を勝たせるために協力して走っているのである。
 僕は、女性ローディーの背後に張り付いて走っていた。楽である。下り道だし漕がなくても進むし。それに、僕にべた付きされていることにも彼女は気づいていないようだった。それはそれは、もう後ろから嘗め回すかのように観察してしまおうかという勢いだったのだが、いかんせん彼女のスピードが遅いのである。もうちょっと引いていってよ〜。折角の下り坂なんだからもう少し飛ばそうよ〜。50km/h出せとは言わんけど40km/hくらい出してスピード稼ごうよ〜。と思いつつロックオンしていた。しかし、一向にスピードも上がらないのと、ずっとこのお姉さん脚長いな〜と思いながらお尻を眺めつつ走っていると本格的な変態なので途中で抜かしてしまった。
 彼女を抜かしつつ、内心では「追ってきて欲しい。」と思った。出来れば、入れ代わり立ち代わりで引っ張って池田位まで行ければ早くつけるし楽しいだろうに。と思ったが、僕はただ抜かして引き離していってしまうという結果になってしまった。(俺、そんなに早くなかったから闘争心出しておってきて欲しかったんだけどな〜。と何度も振り返りながら走っていた。)
 そして、なんとなく元気になりつつ17時10分頃家にたどり着いた。
 なんとなく元気になったかもというのはやっぱりまやかしで、僕はただ女性ローディが目の前を通り過ぎたということで条件反射的にアドネラリンが出ただけで、家に帰ると全身が筋肉痛になってしまっていた。(パブロフの犬現象)
 夜、風呂に入って、日焼けで体が痛く、耐えがたきを耐え、風呂から出てきてラブを全身に塗ったら日焼けのせいでひりひりして痛く、忍びがたきを忍んで、子供に体の上に載ってもらって踏み潰しマッサージをしてもらって一日が終わりました。
 めでたしめでたし。

 井街さんありがとうございました。
posted by 猿渡 at 10:05| 大阪 🌁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月19日

市議会議員 多賀谷先輩を訪問

4月になった。
私、自身一身上の都合により2月末から育児休業に突入し、毎日が日曜日のような体たらくした生活を送っているような、勉強しているようなのんびりしたような生活を送っているようなしていないような感じである。
さて、3月末に幹事会を開いて、今度の支部だより(7月発行分)の記事について大阪府支部に所属している府議会議員の東氏と市議会議員の多賀谷氏に原稿をお願いすることなった。
といっても、幹事会で私以外の幹事が盛り上がって決めた感じだった。個人的には、政治色がつくといろいろな主義思潮がある人がいると思うのでいかがなものかと思ったが、私自身支部長でありながら相変わらずの下っ端なので、「はぁそうですか。」という感じでその原稿を載せてみようということになった。

(個人的には、政治についてはかなり興味があったりする。ニュースを見ながら俺が厚生労働大臣だったらこうしたい。とか文部科学大臣だったらこうしたい。なんて思ったりすほどで、自分自身がなぜ文学部出身なんだろうと疑問に思ったりもする。どう考えても俺は法学部か政治経済学部、もしくは商学部か経営学部が向いていただろうと思う。)

みんなで盛り上がって決めた割には、実際に原稿をお願いしたりやりとしたりするのはすべて私の仕事だったりします。
当然、皆さんにお願いします。と言って頭を下げて依頼をするのある。
頭を下げて依頼をするのですが、私は支部だよりを作るのもこの文章を書くのも当然無給でやっているのです。そして、お願いされる方も当然無給です。
 無給でお願いする私としては、「忙しいところを本当に申し訳ない!ただ、同じ大学の先輩後輩だからというだけでこんな面倒なことをお願いして、本当に申し訳ない!」という気持ちでいっぱいである。そんな、気持ちでいっぱいなので、正直いろいろな先輩にお願いをするのは結構嫌な仕事だと思っていたりする。先輩は快く引き受けてくれたけど、お願いの電話を切った後『ちぇっ、面倒臭せいな!こっちとらおめーと違って忙しいんだよ。』な〜んて言われていないか気が気じゃなかったりするのである。私、なんやかんや言っても小心者なのです。
 ま、そんなことは気にせず、やるしかないので重い腰を上げて取り掛かることにしました。

 前置きは長くなったが、前もって多賀谷先輩にはメールで支部だよりの原稿依頼を送っており、メールの返信で「一度電話をしてくるように。」とのことだったので、電話をしてみた。多賀谷先輩と話すのは昨年9月の支部総会以来である。
 電話をしたら急きょ本日16時に大阪市役所にて会うこととなった。大阪市役所の8階にきて「多賀谷に会いに来た。」と言ってもらえればいいから。と言われた。

 電話をしたのが13時過ぎで、冬物の布団を干して圧縮パックをして整理をする途中だったのを急いで済まして、着替えて出ていくことになった。
 服装についていろいろと悩んだ。スーツで行くべきかラフな格好で行くべきか?悩んだ結果配偶者から「ちゃんとした格好で行きなさい。」と言われ、ワイシャツにネクタイで上着なしという折衷案の格好で行くことにした。

 自宅から阪急で梅田まで行き、梅田から淀屋橋の大阪市役所まで歩いて行った。
 ちょっと早めだったので、この記事のために大阪市役所の写真を撮ったりした。
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 淀屋橋の上から撮る大阪市役所の写真。つくづく、立派な市役所である。みんなが来る場所で便利な場所にあっていいじゃない。わざわざ不便なATCに移動するなんて言わなくても。という気がした。そして、写真を撮りながら多賀谷先輩に呼ばれたのは、8階だ。と思い「いち、にぃ、さん、、」と階数を数えたら、8階は最上階だった。「殿上人じゃん!」と思ったりした。
 そして、人生で初めて豊中市民の僕が大阪市役所に入っていった。
 「ここが大阪市役所か。大阪府を『都』にするとか言っている奴の本拠地だ。スゲー立派な建物だ。「大阪都」っていっそのこと、大阪は「国」にしちまいな。とかわけのわからんことを思いつつ8階に行った。
 8階は議員室や面談室があるフロアになっていた。
 受付の人に、多賀谷さんに会いに来た旨を伝えて打ち合わせ室(6〜7人くらい座れる円テーブルが6〜7個あったと思う。)で一人で待っていた。私以外の来客は誰もいなかった。
 私は、受付で「東洋大学の猿渡と申します。」といったが、「○×さんですか?」と聞かれた。どうやら、私の前の面談者がまだ来ていないようだった。「さすが議員さん。忙しいね〜。」と思った。そして、多賀谷先輩を控室で待っていたら、私の前に会う予定だった人がやってきた。あら〜、完全に被っちゃったね。という感じである。ま、私はゆっくり待っていますのでお先にお話ししてくださいという感じで、30分くらい今度は控室の個室に通されたので待っていた。
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といってもやることがないので、円テーブルの打ち合わせ室の壁に貼ってある、議員議席見取り図や選挙区の議員図などを見たり、写真を撮ったりしていた。
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 え〜、多賀谷さんの選挙区は住吉区か。お、こいつが多賀谷さんの刺客として送り込まれてきた美人モデルか。確かに美人だ。こりゃ、多賀谷さんも苦戦するわ。な〜んて思いつつ待っていた。(ごめんよ、多賀谷先輩。こりゃ、苦戦すると思うわ。だってめちゃめちゃ美人やもん。でも、有権者は仕事ができるかどうかで選ればないかんのやぞ!)

 30分ほどして、被った人との打ち合わせが終わり、多賀谷先輩がやってきた。
 かくかく云々なので支部だよりの件をお願いしますとの旨を伝えた。というようなことは、30分くらい話した中でほんの数分程度のボリュームで、大阪市政の現状の話など世間話をした。内容については、政治色があるのであえて書かないが、多賀谷先輩には初めて訪問して、初めて二人で話したが、「面白くていいおっちゃん。」という感じで、来てよかった感じだった。これも、支部長をしたからこそできる経験であって、年寄りになってからよりも、30代中盤の今くらいだからこそ今後の付き合いにプラスになるのではないかと思ったりした。(私自身、私の持っている資格を活かして何かお手伝いできないかという気持ちがあるので、ただお願いごとだけをするのではなく、逆に役に立てればと思っている。)
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そして、話のあと、議員室に連れて行ってもらい「多賀谷議員」と書かれたプレートがパソコンにおかれた席で、多賀谷先輩の写真を撮って帰ってきた。
 議員室に入る経験も普通はしないと思うが、いい経験だった。写真の通りだが、普通に机が並んでいるちょっと広い目のオフィスって感じでした。各議員の個室があるのかと思ったら、意外とサラリーマンみたいなのでと思った。

 そんなこんなの大阪市役所訪問でした。

 ご協力いただきました多賀谷先輩ありがとうございました。
 この文章を読まれている方々におきましては、7月に発行する支部だよりには多賀谷先輩のコメントを掲載する予定なので楽しみにしてください。


〜多賀谷先輩のHP~
自由民主党 大阪市会議員 住吉区
多賀谷俊史
http://www4.ocn.ne.jp/~tagaya/index.html


posted by 猿渡 at 11:18| 大阪 | Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月16日

幹事紹介を追加しました

タグウチなのでシンプルですが。
いろいろアプリケーションはありますが、
使うのはいつものタグ、ですね。

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猿渡深雪の近況はこんな感じです。

posted by 猿渡 at 10:54| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月12日

箱根駅伝の雑誌

面白いですv
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川嶋氏の文章もありますv。読んでて、興奮がよみがえりました。
posted by 猿渡 at 15:43| 大阪 ☀| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

祝箱根駅伝 優勝V

去年21秒差に敗れた母校東洋大学が、今日2位に8分以上の差を付けてぶっちぎりで昨年のかりを返した。
嬉しい以上に誇らしい。と思っている。
去年、1区〜3区までと6区で悔しい思いをしてきたメンバーが今年は1位押上と区間賞という形で十二分に去年の借りを返してくれた。
その上、今まで出場の機会が無かった選手までも区間賞を取ってくれた。
エライ!!!!
来年は、今の強い4年生ががっぽり抜けてしまうけど、更に進化を遂げてほしい。
東洋大学は、無名の選手を育成するところに良さがある。
それが東洋イズムだと思っている。
陸上に限らず、卒業生全員が社会で活躍する事を切に願ってやまない。
私を含めて、東洋大学生と東洋大学卒業生にはますますの発展を遂げてほしいと思ったハッピーな正月でした。
(一昨年、社労士試験に1点足りず悔しい思いをした自分自身に、「来年はリベンジしてやる。」と誓って、去年リベンジに成功し、正月にはテレビの前で21秒差に悔しい思いをした後輩達にも、この借りは絶対に返してほしいと切に願って1年が経ち、私も後輩達も最高の形で借りを返えしてもらえて本当に嬉しかった。)
posted by 猿渡 at 21:03| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱根駅伝・往路ー復路ー総合優勝!

おめでとうございます><v

初出場で、区間賞で、と積み上げて行きましたね。
それがすごいです。
posted by 猿渡 at 14:19| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月02日

箱根駅伝2012

往路優勝v
おめでとう!。

田口君がなにげにすごい。
posted by 猿渡 at 14:18| 大阪 ☀| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

全国支部長会に出席して

全国支部長会に出席して (配偶者の出産を待つ家族待合室にて)

「あなた、やっぱり明日名古屋行くの?それ、代わってもらえないの?」
私の一年先輩であり、配偶者でもある者からの前日意見だった。
「いや〜、あなたも先輩だけど、俺が行かんかったらあなたよりもっと先輩方が出席しとるからな〜。それに、『全国支部長会』だから『支部長の会』なんだよね〜。俺、支部長の中では若造だけど、、、、。支部長になっちまったしな〜。」
ということで、不協和音の中全国支部長会に出席することとなった。
というのも、配偶者は前日産科の検診を受けて、「今日明日にでも産まれます。」(予定日はあと3日後)といわれて帰ってきていたので、陣痛が始まった時に病院に行く交通手段と後見人としての役割と、大学のOB会の支部長職とどっちが大事やねん?と天秤にかけて私に上記の言葉をぶつけてきていたのある。

結果、朝陣痛が無ければ支部長会行きます。
昼間に陣痛が来たら一人でタクシーで病院に行ってください。俺が居ようが居まいがお産は代わってあげられないし、何の協力も出来ないので勝手によろしくお願いします。
と言うことになりました。

で、全国支部長会に名古屋まで行ってきました。

大阪にいながら名古屋って以外と行かない所だったりします。
支部長会は名古屋の栄の隣矢場町のパルコの上名古屋クレイトンホテルで開催されました。
会場に向かう途中地下鉄を乗り換えた際、「お、ここが栄か。SKE48ってここのことかいな。誰一人しっとる人はおらんが、、。」とおじさんちっくなことを思ったりもした。

会場に着いたら先週も会った千葉県支部の川上支部長がいて隣に座った。川上支部長はみんなの前で「校歌を歌うおじさん」と言う役割になっていると私は認識している。「今日も校歌うたうんですか〜?」と他支部の人に声を掛けられていたが、「今日は何も言われてないですから〜。」と応えつつも、会が始まって校歌斉唱の時にはしっかり前に呼ばれて歌っていた><!
すごいね!みんな。校歌を歌えるんだから。こっちとら卒業して校友会に出てきて頻繁に校歌を聴かされているけど、いっこうに覚えてもいなければ覚えようと努力もしない感じであったりする。でも、その代わり応援歌はきっちり?歌えたりもする。何故かと言うと、大学の登山サークル時代に散々山で歌ったからである。
個人的には、はっきり言って校歌はあまり好きではない。特に出だしの「あーじ〜あのたまし〜いっ」と言うところが、東洋のくせに亜細亜大かと思わせるくだりなのでしっくり来ないのである。それに全体的に暗い!
応援歌は、「れ〜いほー、とおくのぞ〜みつつー(中略)と〜よ〜っっっ!(じゃやかじゅやじゃ〜ん)」と何だか元気になれるのである。こっちの方が絶対歌って楽しいしいい感じなのである。

それはさておき、支部長会が始まった。
はじめは前学長神作光一先生による講演会だった。お題は「短歌と向き合う姿勢」というさも催眠術にかけてやるぞと言わんばかりのお題だった。
国文学科出身の私としては、神作先生は大学在学中「文学部で一番エライ人」で名前は知っているが授業は受けたことのない先生だった。
正直言って、数週間前に2週連続催眠術講演会を経験しているせいで、「また催眠術やるのかよ!勘弁してくれよ!」という感じがしていた。
が、、、、、、、!講演会が始まってその予想は一変した。
神作先生、すげ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜面白い!この人本当に面白い!噺家みたいな口調で、聞いていて楽しい!はっきりいて誰一人退屈している人など居ず、本当に楽しい講演会だった。
講演会は30分だったが、あっという間だった。前回は2時間半催眠術をかけられ続けたが、これだと2時間半聞いていてもきっと飽きないと思わされた。
私自身、何故国文学科を選んだかの原点に立ち戻れるような話だった。
講演会の全てを紹介は出来ないが、一カ所紹介!
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本居宣長の文章から(現代語訳にて)、
〜学問は長い年月怠らず励み努めることが肝要ですよ。どのようでもいいが怠っては成功はありませんよ。(中略)才能が無いとか、学ぶのが遅すぎるとか、暇がないとか思ってやめてはいけません、一生懸命やれば出来ると思いなさい。〜
という、文章の紹介があった。
神作先生曰く、「私才能が無いから」とか「歳だから」とか「時間が無いから」と言うのは出来ない人の三大言い訳だ!と話されていた。
全く以てその通りである。
社会人になってほとんど周りの人は同じことを言うのである。私に言わせればこの三つを言う奴らはほぼ大成しないのが決定している奴らだと思っている。
「才能」なんて、99%努力してからとやかく言うべき物だし、「歳だから」というのは死ぬまでの一番若い日が今日と言うことが理解出来ない奴が言う台詞だと思う。「時間が無い」は、誰だって時間がなくそれを作れるかどうかがわかっていない発言だと思います。
(ここで、配偶者がついに分娩室へ移動。現在時刻2011年11月6日(日曜日)深夜1時20分)

私事ですが、行政書士の資格をとるのに、予備校に通いました。頭が悪かったせいで実は4年も予備校に通いました。カッコ良く一発で合格する人もいるのですが、私の場合予備校に通って6回くらい試験を受けてやっと受かりました。
予備校は水曜日の19時からと土曜日の19時からでした。
私は文学部出身で資格試験の勉強を始めたのは25歳で、仕事勤めのあとに会社の誰にも知られずに一人通っていました。はっきり言って、才能も時間もなく記憶力の優れた歳でも無かったのですが、根気づよく取り組んで何度も不合格通知を受け取ったあと、なんとかか合格を手に入れました。
そんな経験からすれば、大学時代に言われていたことをふと思い出してみて、本当にそれを実行出来ているか素直に自分に問いただして見られるかは重要だな。先生が言っていたことを理解して実行に移せられれば東洋大学に通った意味があるのかもしれないな。と改めて確認出来た講演会でした。
そんな私は、来週今年の社会保険労務士試験の結果が来る結果待ちだったりします。試験が終わってから2ヶ月。ほんのひとときの勉強オフシーズンで、思いっきり「怠っている」日々を過ごしています。

(病院の待合室からトイレに行くと赤ちゃんの泣き声が聞こえたりします。今日からまた赤ちゃんとの生活が始まるんだな〜。先週の月曜日は知人のお通夜に行ったけど、無くなる命もあれば産まれてくる命もあるんだな〜。産まれてくる命がみんな幸せになってほしいな〜。と思いつつ書いているのですが、分娩室から大声のうめき声が時たま聞こえてきたりしています。あれは、赤子の泣き声か?我がの配偶者のうめき声か?はたまたここで死んで行った者の幽霊の声か?とりあえず怖いです。もうすぐ草木も眠る蜂蜜、、いや丑三つ時です。)

さて、講演会が終って支部長会議。
まずは、新支部長の挨拶。
私も挨拶をした。
内容は「今日、大学の先輩の配偶者が産気づいており、それでも行くのか?と言われながらも、配偶者よりも大先輩がいるのでいってきますと言ってきました。電話があったら帰ります。」と言うようなことを話しました。
挨拶のあとは、本題の校友会活動の活性化と方策についてなどについて話がされました。というか、とりとめも無く具体的な方策もこれと言って感じられず、「どないせいっちゅうねん。」といつもの通りの気持ちになりました。
そもそも、「校友会ってなんやねん?」と言う疑問は未だぬぐい去れない状況だったりします。ま、私にとっての校友会は「交友関係を増やす場所。」「同じ大学出身という理由だけで友達を増やせるところ」というコンセプトだったりします。

(誰かの声、、嗚咽??がヒートアップ!我がの配偶者か?只今1時50分。とりあえず眠いよ〜。はよ帰って寝たいよ〜。)

そのあとは先週の事務担当者会議と同じ決算処理方法についてのお話だった。

(あ、赤ちゃんの声が聞こえてきた。我が子かな???いいね。人が産まれてくるって。なんかちょっと感動です。俺そろそろ呼ばれるかな???、、、呼ばれないな。赤ちゃんの泣き声は続く、、、可愛いな〜。みんなそんな頃があったのにどうして大人になると汚れて行くんだろう?)

事務処理のことで時間が切迫して途中打ち切りで会議は終了。
その後部屋を代わって、ブロック会議をした。私の所属するのはFブロックで、兵庫、大阪、和歌山、奈良、滋賀、三重、岐阜、愛知のブロックだ。
このブロックで、ブロックでの総会という物を持ち回りで年に一回やらなければ行けないそうです。それをいつどこでやるのかを決めました。

(呼ばれた。産まれた。可愛かった。家に帰ろ。現在2時8分)

*続きを書いたのは随分遅れて11/8夜23時

来年のブロック会議は秋頃に兵庫県でやることに決定!
ちなみにこのブロック会議の時に、兵庫の佐藤支部長と滋賀の橋下支部長が失踪。でも、残った人たちで勝手に決めちゃいました。
姫路、、、。支部長が姫路だから。東洋大姫路を要する姫路が兵庫県で一番人数が多いから、、、。だと思おう。でも、兵庫県と言えばやっぱり神戸だよね。
神戸だと家から阪急で1時間だけど、姫路だと山陽電車で2時間だ。ちと遠い。

ブロック会議の時に駅伝の酒井監督が登場。
おおっ!結構男前!あとで一緒に写真を撮ってブログに揚げなければ。と思った。
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ブロック会議が終わり、懇親会まで30分ほどだらだらとした時間を過ごした。
その後19時から懇親会が始まった。
懇親会が始まる直前酒井監督と並んで写真を撮ってもらった。
「大学駅伝3冠達成を期待していますから!」と皆に言われているだろう言葉でとりあえずプレッシャーを掛けてみた。酒井監督もどうせ同じ言葉ばっかり浴びせられているだろうから、「頑張ります。!」という模範解答で返していた。
とはいえ、期待していたのだが、これを書いている今となっては2位が確定してしまって結果は出てしまったのだが、数年前の東洋なら優勝争いどころかシード権争いにも参加させてもらえず、予選通過もしてなかったと思うので、大した進歩じゃないか!と思って我ながら頑張っている後輩の姿に満足していたりもします。
でも、本当のことを言えば、スポーツよりも本業の勉学の方で駅伝並みの華々しい結果を出して、優秀校に名を連なれてもらいたいと思っていたりもする。それこそが一番の大学発展の道だと思う。
是非とも東洋大学は「入りやすく出にくい大学。」そして、卒業生は皆エリートという学校になってほしい。
どうなんだろう?出来ないのかな〜、そう言う学校に。
出来れば、法科大学院が司法試験合格率90%を超えるくらいになれば、それにかなり近づくのにな〜。今のまんまじゃ東洋大学の法科大学院は流行に乗って金儲けに作った学部の一つと思われても仕方ない状態と思われちゃうんじゃないかな〜。と司法試験合格発表翌日の新聞を見ていたりしました。

懇親会が始まり、最初に酒井監督から挨拶があった。
「明日の全日本大学駅伝は是非とも勝って、今年果たせなかった箱根につなげたいと思います!」と、、、、。
今となっては、柏原良く頑張ったよ。
4年生はみんな頑張っていたよ。
伊勢路を走れることだけでもすごいことだと思うけど、優勝を果たせなかったのは残念だ。今の東洋なら勝てる実力があったと思う。ただ、実力を出し切れなかったのでしょう。それが、私を含めての東洋らしさかもしれません。でも、来年の箱根ではその東洋らしさは是非とも封印し、一番に大手町に帰ってきてほしいと期待しています。

懇親会はだらだらと続き、私も5月の懇親会から数えること3回目の懇親会なので、それなりに場慣れしてきて、適当に誰かに声をかけたりして話せるようになりつつあった。
大抵の人は、「奥さんから連絡があった?」などと、挨拶した時のネタで私をいじってくれました。
何の連絡も無かったのですが、、、。

20時過ぎに懇親会が終わって、即家路につきました。
名古屋駅では階段を駆け上がり、停まっていたのぞみに飛び乗りました。新幹線は通勤電車と同じで「来たヤツに飛び乗る。」が基本です。
おかげで、21時15分には新大阪に到着、家には22時過ぎに到着しました。
家に帰ってすぐ、お風呂に入って配偶者と話をしていたら、「産気づいてきたかも、、、。」と言うので、23時頃着替えて近所の市立豊中病院に行きました。

そして、翌日2時頃元気な男の子が生まれました。
未だ名前を考えていない。どうしよう、、、、、。




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2011年11月05日

仁和寺拝観と昼食会のご案内

婦人部部長 西中節子

東洋大学校友会大阪府支部婦人部の皆様
この度、婦人部主催にて世界遺産に登録されている京都の仁和寺の拝観と昼食会を企画しました。
仁和寺は豊かな緑に包まれた広い境内に、国宝や重要文化財の建築物がたくさんあり見所満載です。
昼食は境内の中にありますお食事どころで和食を用意しております。
紅葉を楽しみながら皆様との交流を深めたいと思いますので、是非ご参加のほどお願い申し上げます。

記      

日時   12月6日(火)
集合場所 JR京都駅烏丸中央口 タクシー乗り場
集合時間 10:00(現地集合の方は10時40分位まで仁和寺駐車場前)
参加費  5000円(拝観料、講話料、昼食代込み)
行程   11:00〜12:00 境内拝観(説明付き)
     12:00〜13:00 講話拝聴
     13:00〜      お食事処 梵(桜御膳)
締め切り 11月20日 厳守
連絡先  TEL072-279-6220 携帯090-9165-7743(西中)
     FAX072-277-3413
                               以上

posted by 猿渡 at 11:51| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月30日

実務担当者研修会出席

10月29日白山甫水会館で校友会実務担当者研修会に参加してきた。
在学中「甫水会館」とはなんぞや?
と思っていたが、こないして利用するところなんやね。とわかった。
甫水会館の2回は、ほぼ教室みたいな感じの部屋だった。

朝、8時の飛行機で伊丹から羽田に向かった。
空港には出発30分前に自転車で到着。
手荷物検査の前に飛行機がちらっと見えてポケモンジェットが停まっていた。
「おっ、今回は初ポケモンジェット搭乗か?」と思い手に持つ検査をすまして搭乗口の方に行ったら既にポケモンジェットはいなくなっていた。
僕が乗った飛行機の一本前がポケモンジェットだったようだ。
羽田に着いたときに同じポケモンジェットが停まっていたので、、、、。
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[ついこの間マスコミに公開されたばかりのスカイツリーさん。]

5月以来の東京。
久々の東京なので、研修会の前に学生時代下宿しさせてもらっていた叔父のうちに行った。
学校から交通費をもらって支部の仕事と言えど、東京に行ける役得である。

研修会は14時からということで、それに会わせて白山に行った。
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白山校舎の新しい学食に行ってみようと思って行ったが、13時半に行ったらどこも開いていなかった。研修会開始まで30分しかないので、急いで学生時代に何度も行った白山通りの「気合いラーメン」に久々に行ってみることにした。
が、行ってみたら「気合いラーメン」は無くなっていた。それどころか、気合いラーメンのすぐ隣の白山ラーメンすらなくなっていた。
仕方なく、横浜ラーメンの店があったので、そこで横浜ラーメンを食べた。
不本意だと思ったが、横浜ラーメンは美味しかった。

14時5分前に甫水会館に到着。
ヤバい。遅刻しちゃうかもと思ったがピッタリだった。
最後の方に到着したので席がほぼ埋まっていた。
席は3人がけの席に2人で座っている感じが多かったが、2人掛けですわれるところが無かったので、前の方の席で3人がけの真ん中に座らせてもらった。
隣は、左となりは静岡の稲村幹事長。右となりは鹿児島の西元幹事長だった。
「幹事長」ってなんじゃ?と思った。
大阪府支部にそんな肩書きの奴はおらんぞ。
大阪府支部は、支部長、副支部長しかおらんのだ。
他所は違うんだな。と思った。
そもそも、実務担当者会議なので、実務担当者が出席すべき会なのである。だから、実務担当者がいる支部は実務担当者が出席しているのである。
大阪府支部に関して言えば、預金通帳を管理しているのが、「お前の名前の口座なんだからお前がやれよ。」と言われて、支部長職も会計職も今年に関しては全て僕がやっているのである。
そして、副支部長の内藤さんからは、「俺、前出席したことあるからお前行ってこいや!」と言われての出席なのである。
僕に、「支部長」と言う肩書きがついたところで、一番下っ端の後輩という事実は完全に不動なので今後ともこの扱いは永久に続きそうである。

研修会は、会計の方法などについてであった。
要するに、全て領収書を出せ。ということと、支部総会の承認前の4月20日締めで決算書類を出せ。ということが新しい決まりだった。
あとは、エクセルシートで会計書類を送るのでそれにちゃんと書き込んでやりましょう!と言うことだった。
簡単に言うとこれだけのことだったが、ちゃんと全国の担当者を集めてきっちり研修会をやってくれるところが、しっかりしていていい感じであった。
そして、大学の担当者に実際に会えて知り合えるのが、何よりもの収穫である。
本部担当者は、村瀬さん、遠山さん、豊田さん、清水さんの4人である。
はっきり言って、清水さんが可愛い!
平均年齢60オーバーと思われるこの会で、私と同年代か私より年下とおぼしき人は皆無なのである。その中で、紅一点清水さんだけは若手なのである。否が応でも目立つのである。
そして、僕も今回はとっても目立っていたのである。
だって、ただ一人ジーンズで出席なのだから。
大学に行く感覚で、ジーンズ姿で出席したら周りはほぼスーツだった。
3週間前に、藤田前支部長にあった際に「実務担当者会議って、ジーパンでいいですかね〜?」とそれとなくドレスコードを問うてみたら、「いいんじゃない。別に。」と言われたので、普通にジーパンで行ったら目立ってしまっていた。
やられた!というか、「おいしい!」といった感じであった。これで来年もジーパンで来てやるという前向きな気持ちになれた。
でも、来週の全国支部長会は恐縮してスーツでいくか検討中である。
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[円了さん。]

2時間で研修会が終了し16階のスカイホールで懇親会があった。
何となく、こっちがメインな感じでもある。
当たり前だが、交流が図れていろんな人と知り合えるのが、校友会のメリットである。
校友会に入らなければ、鹿児島の人と知り合うことも無く話をすることも無く、静岡はただただのぞみが通過するだけのところだったのだから、知り合えたことだけでも大収穫である。

懇親会が始まって、色々な人と話をしたが、鹿児島の西元さんがいろいろと気を遣っていただき助かった感じだった。
僕よりも若手はなかなかいないので、今回も敬老の会かと思っていたら、城南支部の児玉会計さんが僕よりも唯一の後輩だった。
平成14年卒だそうである。そして、同じ城南支部の関本事務局長も若手だった。
30代の人がいると話しやすい感じだった。
やっぱり、主力は30代くらいで、先輩方は君臨すれども統治せず。にならなければ活性化は無いのではないかと思っているので、同年代がいることは非常に心強く思えた。
そして、児玉さんや関本さん西元さんに事務局の清水さんを呼んで話をした。
どう考えても、既婚の猿渡君は清水さんへの果敢にアタック。うすら嫌がる清水さん。児玉さんは結婚指輪をしているので、アタックエントリーの資格無し。そんななか唯一の独身、関本さんは「私は独身です。」とアピール。
と、はっきり言って男三人が清水さんをナンパしている構図になっていた。
、、、清水さん、、、こいつらみんな最終学歴東洋大学ですよ、、、、。
ま、これはこれで楽しいひとときでした。
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[16階は素敵ですv。行きたいですね。]

清水さんに猛アタックをしている猿渡君も、大阪で今にも出産しようかという配偶者がいるので、今回は日帰りとなった。
17時半に懇親会途中で清水さんと、一方的に今生の分かれを遂げて、急いで羽田空港に向かって最終の大阪行きで帰途につきました。
帰りも、飛行機ギリギリの時間で行きも帰りもヤバヤバでした。
とはいえ、楽しい研修会でした。

来週は名古屋で全国支部長会だ!
これが終れば今シーズンの校友会の仕事のメインは終わりかも、、、、?


posted by 猿渡 at 21:36| 大阪 ☔| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

竹村学長の「自然と人間」講演会

10月9日(日曜日)午後2時〜 於 財団法人天門美術館 
*天門美術館: 枚方市山之上北町3番1号 

先週に引き続き2週連続の学長講演会。
先週は堺市市民会館で300人の定員のところを8割くらい来客があった講演会に出席。
今回は、こじんまりしていると思っていた。

朝、11時半に天門美術館に集合。12時から学長を囲んでの昼食会。
14時から講演会の日程だった。

私は、11時半丁度に到着した。遅刻しちゃうかも、、。と心配したがぴったりだった。枚方だと、ロードバイクで1時間かけて行きたい。と思い非常に迷ったが、レーパンで学長に「こんにちは。」はまずいかも、と思いジーパンポロシャツ姿で車で行った。
大阪支部は私が支部長になったからには、校友会ではフォーマルな格好はなるべくしたくない。というコンセプトがある。「服は仕事をしないし、校友会は仕事の場所でもないから。」と思っているからである。

私が到着したのと同時に学長も到着した。
ぴったり。
寸分違わずロスタイムなしだった。
よしよし。
学長とともに、天門美術館の池田さん(哲学科卒)と話をして、近くの「肉の松坂」に昼食をとりに行った。
「肉の松坂」には既に、校友会の先輩方が4人来ていた。
やれやれ。助かった。来ると言っていた先輩がブッチしていたらヤバいと思っていたので安心した。
ご歓談的な感じで、昼食会を行った。
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京都支部の佐藤支部長が一番話している印象だった。沈黙にならなくてよかった。
学長ほど歳が離れていると、ある程度会話が出来ても途中から質疑応答的な感じになってしまう気がしていたので助かった。
13時半に昼食を終えて、天門美術館に戻って、14時から講演会を聴いた。
講演会は、先週とはうってかわって20人ほどが聴講する本当にこじんまりした講演会だった。
池田さんからもらった案内のハガキには、「協賛/東洋大学校友会大阪支部」と書かれていた。
俺、「協賛」するって言ったっけ?というか、「協賛」って何だろう?と思っていたりした。池田さんとは、支部総会のときに始めて会ったのだが、「そんなに頑張って人集めして人員動員しなくても良いから。」と言われていたので、言われた通り全く人集めしようとしなかった。その甲斐あって、かなりこじんまりした感じになってしまった。こんなことならせめて幹事会の人全員にメールを流して半強制参加にすれば良かったかも。とちょっぴり思ってしまった。でも、3連休の体育の日。普通は来れないよね。私も娘が参加する地区の運動会をボイコットしてこっちに来たのだから、、、。


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学長の講演会が始まった。
お題は「自然と人間」について。
さすが哲学科の博士。
いくら考えても答えが無いようなお題である。
先週は、秒殺で学長の催眠術にかかっている人がいたが、今回はこじんまりしすぎているので、これは催眠術にかかるわけにはいかない。と思い話を聞いていた。
「学長、ゴメンよ。」
俺には2週連続で馬の耳に念仏というか、馬耳東風というか、豚に真珠というか、どうすればいいんだろうと言う感じだった。
先週のコメント通り、蓼喰ふ虫も好きずき、でポールポジションに座っていた人たちと、数人の人にとってはありがたい説法だったのでしょう。
ちなみに、今回もやっぱり催眠術にかかっている人はいた。
いいよ。催眠術にかかっても。
でもね、催眠術にかかって、途中でレジュメを落としたり、カクってなっちゃーいけんよ。バレバレだから。と思ったりもしていた。
そんなこんなで、学長のありがたい説法は約2時間続き無事16時過ぎに終了しました。
今回は先週以上に、「で???」という感想だった。
冒頭の通り、「答えは無い」のである。言いっぱなし感満載。
これでいいのだ!!(バカボン風)

まあ、何はともあれ、支部長にならなかったら、学長にお目見えして、話をすることも無く名刺をもらうこともなかったであろうから、これはこれでいい経験だったのだろうと思いました。
ただ、私にはちとこの説法を聞くには若すぎたのでしょう。

そんなこんなで、帰路につきました。

来月くらい仲のいい、先輩と校友会釣り大会をしよう。
posted by 猿渡 at 19:42| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

東洋大学全国行脚講演会

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10月1日土曜日 13時30分〜 堺市民会館 大集会室
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竹村学長

創立125周年記念事業 東洋大学全国行脚講演会に出席してきた。
「東洋大学」ってはっきり言って関西では知名度がもひとつなので、人が集まるのかちょっと気になっていた。
定員300名らしいが、大丈夫だろうか?
と思いつつ行ってみた。
すごい!
300人の定員の8〜9割が埋まっていた。
私が行ったら、前支部長の藤田氏に会えた。
前支部長と「この人たちはどういう関係でここに来たんだろう?」と話していた。

13時半から始まって前半は竹村学長の「井上円了の人と思想」についてだった。
15時10分からは、山口しのぶ氏による「河口慧海の真実」についてだった。

河口慧海氏は堺出身ということで、恐らく堺の人たちにはこちらがメインだったのだと思う。
文学部出身の私は、文学部出身にも関わらず、名前は聞いたことがあるが、本は読んだことがない程度だった。

竹村学長の話は、久々に大学の授業を受けた感じだった。
先生には悪いが、30〜40%位の人が「落ちた」状態になっていた。
私もヤバかったがなんとか耐えた。
この手の話は、興味がある人には面白くてしょうがないのだろうが、私には向かない感じだった。
逆に一般的に眠くて耐えられないような、健康保険における高額療養費制度のセミナーを受けに昨晩大原に行って、それを楽しく聞いているのだから、蓼喰ふ虫も好きずきと言ったようなものだと思った。
それはさておき、学長が語った井上円了氏の言わんとすることは最後の10分くらいに結論があったと思います。とりあえずは、「そうだね。その通りだと思うよ。」と言う感じだった。

休憩時間に前々支部長と前支部と現支部長の私と3人で学長に挨拶に行った。
学長には来週天門美術館の講演会でも会う予定なので、初の挨拶をした。
今週来週と東洋大学関係の仕事があり、29日は白山で全国事務担当者研修会、11月5日は名古屋で全国支部長会です。
posted by 猿渡 at 20:22| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月10日

校友会大阪府支部総会2011

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9月10日に大阪府支部総会がホテルヴィアーレ大阪で行われました。

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おまけ。会場を落ち着き無いのが・・。
私は5年ぶりに前に立って自己紹介をしましたが、来年以降またしばらく子育て中心ですね。
もっといろいろ話せたらいいのですが、と思っています。
posted by 猿渡 at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月12日

第60回全日本大学野球選手権記念大会優勝

おめでとうございます!v


延長で3ー1。辛抱強く投げてくれた気がします。
完投というのがいいですv。


posted by 猿渡 at 22:11| 大阪 ☔| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月12日

大阪府支部校友会総会開催

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終始和やかに行われました。

箱根駅伝のビデオの上映がありました。
柏原くんのところは何回見てもわくわくします。

私は懇親会から参加させていただきました。娘さんがいる以上出たり入ったりで申し訳ありませんでした。
女性が増えた?、気がしました。
中国茶もすごく興味があります。
千葉出身組が多数派になる日もあるかしら?、など。
お話がもっと出来たらいいです。
でもいずれそのうちを楽しみに。

posted by 猿渡 at 23:00| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

箱根駅伝・往路優勝

おめでとうーっvvv

もう言うこと無しですv。
posted by 猿渡 at 14:01| 大阪 ☀| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

大阪府支部校友会開催!

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2009年9月13日(日)ヴィアーレ大阪にて、大阪府支部総会が開催されました。

久しぶりに私は出かけていきました。子供もつれて。
出たり入ったりで申し訳ありません。
校友会の行事に参加したのは3年ぶりくらいです。
鶴橋で焼肉を食べたのが出産の一週間前とかで、それ以来です。

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懇親会風景。

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藤田さん。支部長です。

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内藤さん。副支部長です。

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初めまして野中さん。

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旗と一緒。

総選挙あとでその話題が多かったですね。

posted by 猿渡 at 19:27| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

箱根駅伝総合優勝!

総合優勝です!
総合優勝。

やったーーっ
posted by 猿渡 at 14:04| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱根駅伝応援中/9区に

一位で9区襷つなげた!。
頑張れ!。
posted by 猿渡 at 11:19| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月02日

箱根駅伝

ヤフーのニュースを見ていたら、いろんな感想が載ってましたね。
明日に期待。
posted by 猿渡 at 19:55| 大阪 ☁| Comment(0) | 活動記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする